銀座の弁護士日誌

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help RSS 陪審員と裁判員

<<   作成日時 : 2008/10/22 14:55   >>

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最近亡くなった,ポールニューマンが,出ていた映画で,12人の怒れる男という映画をご存じの方も多いと思います。
そこでは,12人の陪審員の内,11人が有罪だと考えていた事件が,一人の陪審員(ポールニューマン)が様々な疑問を呈し,最終的に,12人全員で無罪を言渡すという映画です。
陪審員とは,英米の制度で,民主主義の一形態と言われています。封建時代は,領主が人民を裁いていました。しかし,人民は,それを拒絶し,同輩に裁かれるようになりました。それが,陪審制です。
もっとも,均一な民族集団であれば,陪審制にそれほど問題はありませんが,アメリカなどの多民族国家になりますと,誰が同輩か,が問題となります。端的に言えば,白人は,黒人の陪審員を嫌いますし,黒人は,白人の陪審員を嫌います。
日本のように,民族問題が先鋭化していない地域では,陪審制の導入にそれほど問題はないように思えます。
もっとも,日本人は,お上意識が強いので,その面で,陪審制になじまないような気もします。つまり,警察とか,裁判官とかは,自分達よりも一段上の人間だと考えているのが,日本人の一般的な意識ですから,陪審員となって,人を裁くのを躊躇するのでしょう。
陪審制とは,簡単に言えば,物事の白黒は,素人(一般市民)が判断し,その後の,法律の適用は,プロ(裁判官)が行うというものです。
たとえば,殺人事件では,被告人が殺人をしたのか否か(白か黒か)を陪審員が判断し,仮に黒である場合に,被告人に刑法の何条を適用し,死刑を選択するのか,懲役を選択するのか,などの法律の適用を考えるのが裁判官です。
このように,合理的な分業がなされています。
しかし,裁判員制度では,白か黒かという判断も,その後の法律の適用も,すべて裁判員(素人)と裁判官(プロ)が評議して決めます。私からいわせれば,非常に曖昧な制度です。
そもそも,法律の適用など,素人が出来るものではありません。いくら裁判官に説明してもらったとしても,分るはずがありません。なんとなく,分ったつもりになって,裁判官の指導の通りに判断するのが関の山だと思います。
ポールニューマンの映画を見た方であれば,分ると思いますが,白か黒かという判断は,素人だけで,つまり,裁判官抜きで,陪審員だけで判断します。これが一番大事なところです。素人だけで判断すれば,常識に適った判断がなされます。法律のプロが全ての常識を知っているわけではありません。逆に言えば,裁判官などを長年やっていると,素人的な常識がなくなってしまったりします。
法律の適用は,プロに任せて良いと思います。逆に,素人の生半可な知識で,法律の適用をされたのでは,困ります。特に,死刑か無期懲役かというような非常に高度な判断は,素人が出来るはずがありません。
あるいは,懲役2年か3年かというような判断でも,素人の方は,判断に困ると思います。そのような判断を素人にさせようという裁判員制度は間違っているとしか言えません。
さらに,問題なのは,裁判員制度によって判決が言渡されても,それに対して,検察官が控訴できることです。検察官が控訴すれば,今度は,高等裁判所で判断されますが,高等裁判所は,全てプロの裁判官だけで判断されます。それでは,裁判に民意を反映させようという民主主義の考えに完全に逆行します。
アメリカなどでは,陪審員が一度無罪を言渡せば,検察官は控訴できません。民主主義の原理からいえば,当然だと思います。
とはいえ,地方裁判所レベルとはいえ,民間人が裁判に参加することは,非常に異議のあることです。これをはじめの一歩として,理想に近い,陪審制に近づけるべきでしょう。
今の,刑事裁判は,プロの裁判官だけでなされており,非常に硬直化しています。英米のように,弁護士を何年かやってから裁判官になるという制度(法曹一元)であるなら,まだ良いですが,日本の場合は,ロースクールを卒業して,すぐに裁判官になります。そんな裁判官に素人的な常識有る判断など期待できません。

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